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東京地方裁判所 平成元年(ワ)10912号 判決 1991年3月05日

原告

梅津功一郎

右法定代理人親権者父

梅津嘉昭

同母

梅津祥子

右訴訟代理人弁護士

百瀬和男

被告

株式会社東京天理教館

右代表者代表取締役

竹中統一

被告

岩井孝雄

右被告両名訴訟代理人弁護士

梅谷利宏

伊豆隆義

江口正夫

木下信行

中村光彦

被告

金子伸郎

金子錫子

右被告両名訴訟代理人弁護士

北村宗一

平松暁子

主文

一  被告株式会社東京天理教館、被告金子伸郎、被告金子錫子は、各自原告に対し、金四〇五五万一五四五円およびこれに対する平成元年八月二五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の右被告らに対するその余の請求および被告岩井孝雄に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告株式会社東京天理教館、被告金子伸郎、被告金子錫子の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実および理由

第一請求

被告らは、各自原告に対し、金四二七二万九六一二円およびこれに対する訴状送達の翌日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一本件は、被告株式会社天理教館(以下「被告会社」という。)経営のスイミング教室で昭和五八年六月二日水泳中に、被告金子両名の次男智宏(当時五才)が原告(当時七才)の水中メガネを手で引っ張り離したため原告の右眼に傷害を与え(以下「本件事故」又は「本件傷害」という。)失明状態となったので、原告が、被告会社に対し安全配慮義務違反、民法七一五条一項の使用者責任を理由に、スイミング教室の総括責任者被告岩井に対し同法七一四条二項の監督者責任、同法七一五条二項の代理監督者責任、商法二六六条の三の取締役の第三者責任を理由に、被告金子両名に対し民法七一四条一項の監督者責任を理由に、その損害賠償を求めるものである。

二争いのない事実

被告会社が本件スイミング教室を経営していること、本件事故当時服部コーチ、松田アシスタントコーチが原告および智宏を指導、監督していたこと、原告が当時七才、智宏が当時五才であったこと、智宏が被告金子両名の子供であること、本件事故当時原告と智宏が本件スイミング教室で水泳中であったこと、智宏が原告の水中メガネを引っ張り離したことにより本件傷害が発生したこと、本件事故以前に生徒に対し他人の水中メガネを引っ張らないよう口頭又は文書で注意していなかったこと、本件事故が発生したプールサイドの地点(別図)に指導監視員がいなかったこと。

三争点

1  被告会社には、スイミング教室の生徒に対し、事前に口頭又は文書で他人の水中メガネを引っ張らないよう注意したり、本件事故が起ったプールサイドにも指導監視員(コーチあるいはアシスタントコーチ)を配置し、本件事故が起らないようにする安全配慮義務があったか。

2  被告会社に民法七一五条一項の使用者責任(服部コーチの過失責任)があるか。

3  被告岩井は監督者又は代理監督者か。被告岩井に商法二六六条の三の取締役責任があるか。

4  被告金子両名に民法七一四条一項の監督者責任があるか。

5  損害額。

6  過失相殺。

第三争点に対する判断

一争点1について

スイミング教室を経営する者は、自己が管理するプールにおいて生徒の生命、健康に危害が生じないように物的人的環境を整備し、生徒の生命、健康を保護すべき契約上の安全配慮義務を負うと解すべきである。本件事故は、原告と智宏が二五メートルを泳いだ後別図の印地点のプールサイドの水中いる時に生じたものである。五、六才の生徒同志が相手の水中メガネを引っ張るということは、その理由が水中メガネの曇りを取るためであれ、単なるいたずらであれ、全く予見できないことではなく、一般にそのようなことが起り得ることは予見すべきことといえる。本件事故以前に生徒同志で水中メガネを引っ張るということがなかったからといってそのようなことを予見するのが不可能ということはできない。そして、水中メガネの縁にスポンジがついているといっても引っ張り具合と離し具合によっては本件のような傷害が生じる可能性がある。服部コーチも、生徒が水中メガネが曇ったときそのまま引っ張って曇りを取るためにメガネをこすったりすると手がすべったりして水中メガネが目等にあたると危険であるから、水中メガネは額のところに持っていってこするように指導していたと述べている(<証拠略>)。このことは生徒が自分で水中メガネの曇りを取る場合のことではあるが、このことから生徒同志で相手の水中メガネを引っ張る場合の危険そしてそのようなことがあることを当然予見すべきである。

そこで、本件事故の回避策として、原告は、被告会社が指導監視員を本件事故が起きたプールサイドにも配置すべきであったし、事前に口頭又は文書でそのようなことをしないように生徒に注意をすべきであったと主張する。

まず、指導監視員の配置について判断する。本件事故当時プールにおける原告の練習位置(A5級)、コーチ五人(ないし)、アシスタントコーチ三人(ないし)の位置関係は別図のとおりである。印が本件事故発生場所である。本件事故当時、原告は本件スイミング教室に入会して一年、智宏は二年経ており、共にA5級の選手育成コースであり、水泳力は四〇〇メートルメドレー完泳の能力であった。原告、智宏とも本件スイミング教室には一年以上毎日のように通っているのであるから、練習方法等教室で行われることには慣れていたものと推認される。

ところで、本件事故の具体的状況については、地点において、智宏が原告の水中メガネの曇りを洗ってやると言い、原告が断わったが、智宏が水中メガネを引っ張った時に手が離れて水中メガネが原告の目に当たり本件傷害を生じたことは認められるが(<証拠略>)、智宏が水中メガネをどの様にどの程度引っ張ったのか、どうして智宏の手が離れたのか(智宏が自分の意思で手を離したのか、原告が頭を動かしたので手から水中メガネが離れたのか等)、その間の時間は数秒ないし数十秒であろうことは推測されるが、何秒位だったのか等その詳細は不明である。しかし、智宏が原告の水中メガネを引っ張ってから離すまでの時間は一瞬の間であったであろうから、原告が主張するように指導監視員を本件事故が起ったプールサイドに配置しても本件事故を回避できた可能性は小さい。本件事故の回避可能性が確実ないし相当程度にない以上、本件事故が発生したプールサイドに指導監視員を配置すれば本件事故を回避し得たことの立証がないことになり、事故回避の可能性がない以上そのような事故回避策をとる義務は存在しない。

別紙プール全体配置図

次に口頭又は文書による注意であるが、原告および智宏は七才と五才であるが、口頭で他人の水中メガネを引っ張ると水中メガネが手から離れて目に当ったりすると危険であると注意されれば、他人の水中メガネを引っ張ることが危険であること、引っ張ってはいけないことの理解はできる年令である。そのような注意がなされていれば、智宏も原告の水中メガネを無理に引っ張らなかった可能性が強いし、原告も智宏にそのようなことをさせないようにした可能性が強いと考えられる。そうであれば、本件事故は発生しなかったものである。したがって、被告会社には口頭で原告や智宏らの生徒に他人の水中メガネを引っ張らないように注意する義務があったといえる。

二争点2について

前記一において、被告会社に債務不履行責任が認められるので、争点2については判断の必要がない。

三争点3について

本件スイミング教室ではコーチ、アシスタントコーチを含め通常八名程度の指導監視員が生徒の指導にあたり、被告岩井が直接生徒の指導監視をする必要も認められないし、被告岩井が実際に指導監視にあったことも認められない(<証拠略>)から、被告岩井の監督者又は代理監督者責任は認められない。原告は、被告岩井の商法二六六条の三の取締役責任も主張し、原告が主張する具体的職務違反事由は指導監視員の配置を欠いたことであるが、前記一で判断したとおり、この点について義務違反は存しない。

四争点4について

本件傷害の直接原因となる行為は手で引っ張った水中メガネを離す行為であるが、水中メガネを引っ張る行為も引っ張った水中メガネがどのような事情で手を離れるかわからないのであるから、水中メガネを手で引っ張る行為自体危険な行為であり、違法な行為といわざるを得ない。被告金子両名は、智宏は原告の水中メガネの曇りを洗ってやるという親切心から本件水中メガネを引っ張ったのであり、その引っ張り方も強烈なものではないから、智宏が本件水中メガネを引っ張った行為は違法性を欠くと主張するが、親切心からであっても危険な行為である以上違法性があり、本件傷害が発生した行為であるから、その詳細は不明であるがやはり危険な行為であったと推認される。智宏は、本件当時五才であり責任無能力者と認められる。民法七一四条一項の監督義務は一般的監督義務であり、責任無能力者が違法な加害行為を行った場合には反対の証拠がない限り監督義務者はその監督を十分に尽さなかったものと推認される。本件全証拠によるも被告金子両名が監督義務を尽したことを認めるに足りない。よって、被告金子両名の監督義務違反が認められる。

五損害額について

1  治療費残金

二万三〇四五円が認められる(<証拠略>)。

2  入院諸雑費

入院期間は原告主張の八八日間以上認められるので、一〇万五〇〇〇円が認められる(<証拠略>)。

3  入院中母親付添費用

原告は本件事故当時七才であり入院には母親の付添が必要であったと認められるので、その費用は三五万六〇〇〇円である(<証拠略>)。

4  通院諸雑費

通院日数は四八日である(<証拠略>)。原告は本件事故当時七才であったから、通院付添費、交通費等を考慮すれば、通院諸雑費は三〇万円を下らないものと認められる(<証拠略>)。

5  入通院慰謝料

入院期間八八日、通院日数四八日(通院日にばらつきがあるので、3.5倍し、四か月とみる)で慰謝料は一六三万円である(<証拠略>)。

6  後遺症慰謝料

原告の傷害は右眼失明であり、後遺症八級に該当し、慰謝料は六六〇万円を下らないと認められる(昭和六三年損害賠償額算定基準)。

7  後遺症による逸失利益

原告は現在一三才の男子で後遺症八級であるから、労働能力等喪失率一〇〇分の四五、昭和六一年度賃金センサスによる男子平均賃金年収四三四万七六〇〇円、一八才未満の者に適用するライプニッツ係数14.236である。算式は434万7600×0.45×14.236=2785万1000円となる。

8  弁護士費用

以上合計三六八六万五〇四五円の一〇パーセントは三六八万六五〇〇円である。

9  総合計

四〇五五万一五四五円。

六過失相殺

前記のとおり、本件事故の詳細は不明であり、原告の過失を認定することはできない。

(裁判官上野至)

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